2012年3月24日土曜日

秋田大学大学院 医学系研究科 腎泌尿器科学講座


骨盤臓器脱

骨盤臓器脱について
秋田大学医学部泌尿器科 助教 鶴田 大

骨盤臓器脱とは

女性の骨盤の底には、骨盤底筋群という筋肉がハンモック状に張られていて、骨盤内の臓器(膀胱、子宮、直腸)が落ちないように支えています。またこの骨盤底筋群が収縮することによって、尿道や膣そして直腸が締まり尿や便が漏れない仕組みになっています。しかし、何らかの原因によって骨盤底筋群が傷ついたり緩んだりすると尿や便が漏れてきたり、支えが失われたことで骨盤内臓器が膣をめがけて落ちてきて、膣口から脱出することがあります。これが骨盤臓器脱です。日本ではまだ正確な頻度は報告されていませんが、お産を経験された女性の約半数が、生涯のうちに何らかの形の骨盤臓器脱を生じるとされるほど多い疾患です。骨盤臓器脱は性器脱とよばれることもあります。

 

骨盤臓器脱の原因

経腟分娩が最も有力視されていますが、その他、肥満や重いものを持ち上げたりする仕事、便秘など、腹圧が上昇し骨盤底に強い負荷が加わるものは骨盤臓器脱を起こしやすくします。

骨盤臓器脱はきわめて日常的にみられる女性の疾患で、決して命取りになるようなものではありません。しかし、生活の質を著しく下げる場合があります。


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骨盤臓器脱の種類 

女性の主な骨盤臓器には膀胱/子宮/直腸がありますが、それぞれの脱出を膀胱瘤(ぼうこうりゅう)/子宮脱(しきゅうだつ)/直腸瘤(ちょくちょうりゅう)と呼んでいます。また、子宮を摘出された方でも腟が残っている場合は、腟断端が脱出することもあります(腟断端脱)。膣の前方が弱くなると膀胱瘤が、膣の後方が弱くなると直腸瘤が、そして膣の上部が弱くなれば子宮脱や膣断端脱(子宮を摘出された女性の場合)が起こってきます。頻度としては膣の前方の壁が弱くなって起こる膀胱脱が最も多く、ついで直腸脱や子宮脱が続きます。ただし複数の骨盤臓器脱を同時に認めることもよくあります。

骨盤臓器脱の症状

軽度の骨盤臓器脱では無症状のことが多いですが、臓器脱が進行してくると、時に、陰部に何か物があるような感じ(膣内異物感)や、陰部が引っ張られているような、あるいは重苦しいといった症状を訴えます。また、起床直後の症状は軽度ですが、日中から夜にむけ時間経過とともに症状が悪化することが特徴です。膀胱瘤では排尿困難や残尿感を、直腸瘤では排便困難や便秘を伴うこともよくあります。

骨盤臓器脱の検査

はじめに詳しい問診を行います。 受診前にいつごろからどのような症状があったのか、妊娠・出産歴、服用薬、既往歴といったものをおたずねします。


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問診が終わったら、検尿と内診を行います。内診は出産の時と同じ体位で診察しますが、痛みを伴うようなことはありません。ここで、咳をしたり、いきんでもらいながら、膀胱の出口や尿道がゆるくなっていないかや、骨盤臓器脱の程度を確認し、重症度や対処法などを判断します。

手術による治療が必要と思われる場合には、鎖膀胱尿道造影というレントゲン造影検査を行って、骨盤臓器脱(特に膀胱瘤)の程度を確認したり、尿失禁や排尿困難などの症状がある場合には、尿流・残尿測定検査といって排尿の勢いや残尿をチェックする検査や、尿流動態検査という精密な検査を追加します。

骨盤臓器脱のこれまでの治療方法

この病気は薬では治せません。したがって治療の基本は手術療法です。ただし命にかかわる病気ではありませんので、治療によってより快適な生活を望む方のみに手術をお勧めしています。  

従来行われてきた手術では、膣壁を切開して脱出した部分を縫い縮めて補強していました(膣壁縫縮術)。しかしこの方法では、10人中2-3人の割合で再発することが分かっています。自分の体の緩んだ組織(骨盤底の筋肉や靭帯)を縫い縮め補強しても、再びほころびが生じたり、他の弱い部分が緩んでくることが再発の原因です。


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また、子宮脱などに対して腟内装具で脱を元に戻して症状をとるという方法(リングペッサリー)もありますが、根本的に骨盤臓器脱を修復する訳ではなく、装具が体に合わなかったりすると、腟内の炎症が起こり、器具を外さざるを得なくなる場合もあります。何らかの条件で手術できない場合など限られた使用、一時的な治療法といえるでしょう。

メッシュを用いた手術方法

術後の再発をなくすために、最近メッシュと呼ばれる編み目状の膜を膣と膀胱の間、または膣と直腸の間に埋め込む手術が開発されました。メッシュを用いた手術の典型例として、鼡径ヘルニア(いわゆる脱腸)の手術が挙げられます。 化学的に合成されたメッシュは身体の中で分解・吸収されずに残り骨盤臓器の支持組織を補強します。前膣壁では膣と膀胱の間 (TVM-A手術)、後膣壁では膣と直腸との間(TVM-P手術)にすきまを作って、メッシュを膣壁の下におき、その一部を骨盤内の強固な部位に通してメッシュの位置がずれないようにします。メッシュは膣の壁の一部となって強固な支えの役割を果たします。

このメッシュ法が画期的なのは、子宮を温存し膣壁も切除しないため、手術後に膣の状態が本来の自然な形態に復帰することです。術後の痛みが軽度で、子宮を摘出しないことから身体への負担も少ないために術後の快復が速やかです。メッシュの強度は永続しますので、従来法に比べて再発しにくい(10人中1人以下の割合)点でも優れた方法といえます。  


当院でも、以前より従来法(メッシュを使用しない方法)を用いて骨盤臓器脱の治療を行っておりましたが、再発の問題があること、メッシュ手術の有用性および子宮温存ができるという多くの女性のニーズを満たす手術法であるという利点を考慮して、2006年4月から積極的にメッシュ手術を実施しています。  

骨盤臓器脱の程度が中等度以上のものに対しては膀胱瘤単独の場合には、前膣のメッシュ手術(TVM-A手術)を、直腸瘤単独の場合には、後膣のメッシュ手術(TVM-P手術)を行います。子宮に問題(悪性疾患等)がなければ、基本的に子宮は温存されます。症例によっては、前腟、後腟のメッシュ手術を同時に行う場合もあります。  

腹圧性尿失禁(笑った時やいきんだ時に尿がもれる)を合併している場合には、メッシュで尿道を支える手術(TOT手術)も同時に行います。

骨盤臓器脱は決して命に関わることはありませんが、生活の質に影響することがあります。当科では、骨盤臓器脱のない快適な生活が送れるように、症状、下垂の程度、年齢、健康状態に合った治療方針をご提案させていただきます。



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